2004.12.19

神無月の巫女/★★★

 最初に。俺は「介錯という作家」についてこの批評を書くが、あくまでも俺はアニメ版「神無月の巫女」しか観ておらず、言ってしまえば少年エース連載の方が完結したのかしないのかさえ知らない。そのことを明記することが免罪符になるとも思えないが、自分自身の言い訳というよりこれを読む人に公正な審判を望むという意味に於いて書く。そんな断りが必要だとしても、この文章を書かずにいられなかったので。

 なお蛇足かもしれないが、介錯は「ハラキリマンセブン」と「ハラキリマンレオ」という二人組のユニット(のはず)。恥ずかしながら、両人主催の同人誌は何冊か持っている。その頃から、安定した美少女の絵柄とギャグのセンス、そして元ネタの設定を十二分に読み込んだ、決してファンを裏切らないパロディの作り方、キャラの動かし方に、俺は同人作家としての介錯の、端的に言ってファンだった。

 最終回までを見終えての感想。良くも悪くも、介錯という作家の資質は同人作家であるということの外には出られないのだろうなぁ、ということだった。そしてある意味、彼らはそれさえも良しとしているフシがあることが、ある程度彼らの実力を認めている俺としては、若干悲しくもある。

 最終回は、良かった面と悪かった面とが混在していた。まず正直に言えば、千歌音が過去の日の巫女と月の巫女の因縁を明かすくだり、そして姫子が「千歌音ちゃん我慢してたんだね」と言うことで、強かった千歌音が泣き崩れる辺りでは不覚にも泣いてしまった。

 だけど。前回の最後で腹を刺し貫かれて、口から血を吐いてる人間が、それから20分間生きているというのはいかがなものか。しかも一旦「姫子、幸せにね」と微笑んでそっと目を閉じた瞬間、姫子の「待って千歌音ちゃん!」という叫びにすぐぱっちり目を開けて、「私を好きだと言ったのも嘘なの?」という問いに、逆にさっきよりも瀕死感のない演技でとうとうと語り始めるのには苦笑というより驚愕してしまった。

 そりゃ、最終回で驚愕の事実が次々に明かされることで怒濤のカタルシス、という展開は特に最近のヒットしたエロゲーなどには多い(つっても俺は奈須きのこものくらいしかやってないが)。でも、それを全部語らせるために瀕死の、しかしそれゆえにその瞬間もっとも美しく輝いているヒロインを、やっぱり大丈夫でした、と自力歩行までさせるのはルール違反。「さっきの俺の涙を返せ」と言いたくなった。

 そのあと。「生まれ変わるから!」「絶対千歌音ちゃんのこと見付けるから!」というやりとりはまぁどこにでもあるありふれたシーンなので、パクりとして云々することもないだろうが、さらにその後エンディングで、大人になった(少なくとも高校は卒業後のようだ)姫子が街を歩いていて、今までと全く変わらない姿の千歌音を見付けて抱き締めるところ。

 「生まれ変わる」のなら、子どもになって生まれてきてくれ。どうなってるのかさっぱり分からない。やっつけ仕事でもいいから理由付けは欲しい。「奇跡だ」というのなら、その奇跡がせめて起きる瞬間を見せておいて欲しい。きれいに終わってはいるけれど、介錯の頭の中にある、それまでに吸収してきた膨大なオタクメディアの知識の蓄積の中から「こう終わったらきれい」という「シチュエーションだけ」を取り出してつぎはぎしただけにしか見えない。

 もう一つ、これは「アニメの最終回」という制約から尺が足りなかっただけかもしれないが、これまでのオタクメディアでは「こうなったら次はこうなるのが当たり前」というようなシチュエーションでも、それ相応の盛り上げなり逡巡なり、要するに「溜め」があったはずだ。その溜めの時間によって、オタクたちはその与えられるべき気分、例えば悲しみなり燃えなりを高められる。

 でも介錯の場合、「この展開でこうなったら、オタクたちは泣くはずだ」という前例だけが頭にあって、必要十分な演出を配するよりも、先を急ぎすぎている感がある。介錯からすれば「結論の分かっているシーンなど描いていてもつまらない、これを描いたら読者は泣くから、必要な物語上の装置だけ描いたら先に行こう」という気分で描いているのだろうが、それではオタクたちは置いて行かれてしまうのだ。

 それでも俺がこの物語で泣いてしまうのは、俺が彼らと同じだけの「蓄積」を抱えているからに他ならない。だけど、じゃあ「蓄積」のある人間にだけ向けて創作が出来ればいいのか、といえば、それは究極的にノーでなければならない、はずだ。少なくとも俺はその立場に立ちたい。ハリーポッターだって、例えばあかほりさとるにもあれと同じ設定で同じ分量の物語を書く技術はきっとある。だけどローリングのそれがオタクを超えて(という言い方はちょっと恣意的すぎるが)全世界中に届いた理由は、「蓄積」の外にある人にも分かる書き方、を回転女史が選んでいるからに他ならない。

 ぽりりんには「それをしなくてもついてきてくれる人間は少なからずいるし俺はそれでおまんま食えるからいいんだもんねー」という、ある意味政治的な「計算」があるが、介錯にある計算が果たして「政治的」か、といえば、そうは決して思えないところに、つまり自発的な「俺オタクだからオタク的なもの描いていられれば満足」といった打算しか感じられないところに、俺は「あんたらはもっと出来るよ!」という嘆きを禁じ得ない。

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2004.07.04

マリア様がみてる〜春〜/第一話「長き夜の」/★★★

 帰ってきましたマリみてアニメ。初回なんで詳しく書きます。

 まずエピソード選びから。このマリみてのスタッフは、ホントに2ちゃんか何か見てるとしか思えないチョイスをしてきましたね。だって明けましておめでとうのエピソードから始めるって、第1シーズンの生徒会選挙(ロサカニーナ)とかヴァレンタインデーとかその辺より前の話を無理矢理回想ってことで挟む力業。だいたい今回「春」の話じゃないじゃんみたいな。

 で、この「なかきよ」は、結局何が言いたい話だったのかというと。原作では、まず祐巳を連れて二人きりで神社に初詣に行くロサギガンティアを書いて「白薔薇さまの祐巳ちゃん大好きっぷり」を書いて、あとは祥子さまの自宅に押しかけて「祥子さまのお嬢様っぷり」を書いて、でもって柏木優が祥子さまの家のこととか祥子さまの寿司ネタの好みとかを祐巳なんかより全然把握してて、それで「祐巳が柏木に嫉妬の炎メラメラ」、で三人川の字で寝るところで、ロサギガンティアと祐巳が楽しげにじゃれてるところで「合宿っぽさ」を出して、そこへ同性愛者の柏木に襲われかけた祐麒が祐巳たちの部屋に逃げ込んでくるところで「柏木x祐麒」の図を明確にして、最後は「祐巳、遊びに来てくれてありがとね」で締め。

 これがアニメになると、どれもこれも中途半端。そもそもある意味で「長き夜の」は柏木優の話なのに、そこの掘り下げが「同性愛者」という事実を大っぴらに書けない(単なる自主規制?)ことで中途半端になってる。「祐麒x柏木」という今後のストーリーに中くらいに関わってくる事実も書き方は遠慮しぃしぃだし。結局今回の「なかきよ」をなんで第2シーズンの頭に持ってきたのか、何の話だったのか、よく分からなくなっている。

 たぶん、普段と毛色が違う柏木の話、あるいは何の問題も起きない楽しい日常としてのエピソードとしてファンの印象に残っていたこの「長き夜の」が、アニメ化に当たって「事件が起きなくて面白くない」という理由でカットされたことで2ちゃんねる始め個人の感想サイトなどに「原作ファンを無視してる」なんて格好の叩きの材料になってしまって、その分かりやすく要望を汲みやすい苦情に答えることでその苦情を書いてる原作ファンたちをなだめすかして取り込もうと作ってみた話、でしかないんだろう。で、時期的には「春」のシリーズでやるには過去の話になってしまってるから、「回想シーン」ということでなんとか無理なく挟める第一話に持ってきた、と。

 あと文句といえば、第1シーズンで柏木優がギンナンの上で思いっきりこけて「ギンナン王子」の称号を得るシーンが描かれていないせいで、柏木優が原作ファンの中で広く浸透した理由である「ギンナン王子」の愛称を今回も使えないでいるところ。むしろこれからの重要人物の一人になる以上、この「なかきよ」に無理矢理ギンナンのエピソードを挟んで後付けで「ギンナン王子」にしてしまうのかとも思ったが、それもなし。

 あと原作との違いと言えば、祥子さまの家に山百合会メンバーが勢揃いしていたところですが、実際あれだけの数のメンバーの顔と名前と役職と人間関係を、たったあれだけの紹介で初見で把握できるヤツなんていないわけで、無理矢理原作曲げなくても、まず第一話では祐巳と白薔薇さまと祥子さまだけ紹介しとけばよかったんじゃないか、とも思ったり。

 ところで第1シーズンには参加してなかったアニメーターの中嶋敦子が参加してますね。CM入りのアイキャッチとエンディング作画。正直あの人の絵柄はクセがあってあまり好みじゃないんですが。今回も、五割増しでロリっぽくなった祐巳はまだいいとしても、一気に高校生っぽくなくなった祥子さまはどうかと。

 ま、今回の件に関する不満は、無理矢理昔のエピソードをシーズンを越えて挟んだせいで生じたアレンジ上のマイナス点で、これから普通の時間軸に乗れば自然と解決してくるものとも思えますし。それにそもそも、原作との比較、という観点ではなく30分の一本のアニメとして見れば★三つあげてもいいくらいの出来ではあったと思います。毎週日曜日を楽しみにするのも間違いないし、たぶん毎週こんな長ったらしい感想、批評も書くつもりです。

 あとはオープニングテーマ。作詞・今野緒雪、歌・宝野アリカ(ALI PROJECT)の「pastel pure」歌詞入りバージョンは個人的にはかなりアリ。原作者を大切にする姿勢は評価したいですね。

 ついでに一つ。マツケンサンバは? あれはどうなの? なんていうか、びっくりしたとしか言いようがないですが、マリみての視聴者層と合ってるとでも思ってるんでしょうか。まぁごく一部ではガッチリ合ってるんでしょうけども。

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2004.06.11

恋風/第8話「露霜」/★★★

 地上波では放送されなかった、アニメ専門CSチャンネル・キッズステーション独占放送の幻の第8話です。読みは「つゆじも」でした。

 原作未読の俺の事前予想では、「七夏乳首が出る」もしくは「耕四郎がぱんつくんくん以上の変態的行為に走った」ために地上波で放送出来ない内容になり、やむを得ずCS独占放送となった、という読みだったんですが、まぁよく考えたら第一回放送の時点で第8話の扱いは決まってたわけで、やむを得ずもクソもないですね。

 で結論から言うと、「耕四郎里帰り」の話でした。つまるところ、「七夏がほとんど出ないから人気も出なそうだし、七夏が出ない以上二人の関係の進展という意味でも特に劇的に進歩がある回でもないから地上波ではいいや」というわけで、視聴率重視、もしくは番組編成重視のテレビ朝日と原作の展開重視のファンの間を取る形でCS独占放送が決まったんでしょう。

 とはいえ、内容は全然悪くなかったですよ。今まで出てこなかった、別れた耕四郎の母が登場。耕四郎は「何かあったの?」と訊かれても言うに言えず。母の元で暮らしていた頃の七夏の「お兄ちゃんてどんな人なのかな」的な様子を母から聞きつつ、七夏がまだ赤ん坊の頃、一緒に暮らしてた頃に渋々面倒をみてやってた頃を思い出してちょっと和み、「なぁ、俺が七夏を不幸にしたらどうする?」「承知しないに決まってるじゃない」なんとなく「仲良くやらなきゃ」とふっきって家に帰る。

 誰かにアドバイスされたから「じゃあこうしよう」なんて気軽に方向転換出来るほどの軽い気持ちじゃない。だからこそ、大事なのは誰よりも七夏自身だと気付いて、今までよりちょっとだけ大事にしてやろうと決めた耕四郎。出しゃばりすぎず、ただ方向の微調整だけをしてあげられる、できた母親。こういう大人のやりとり書きたいなぁと思うんですけど、俺が書くとそもそもそういうシーンにならなかったり。ああ、修行だ。あとよちよち歩きの頃からお兄ちゃん大好きの七夏もかわいかったです。この挙動不審な感じはアニメの独壇場でしたね。センスあるよなぁ。

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2004.05.14

恋風/第7話「初嵐」/★★★★

 すいません、最近恋風がものすごくツボです。先週辺りからだんだん兄が妹との接し方に慣れてきて、そのせいで急接近しちまったり、やっぱり「そうじゃねぇよ」って突き放すんだけどホントに突き放したくはないからちょっとそのあと間をおいてフォロー入れてみたりとか、王道といえばあまりに王道なんだけど、その「かゆさ」がもう、もう! 

 今週の白眉は坂道でリンゴを拾ったあとの「七夏らしいよ」「……」「初めて七夏って呼んでくれた」のシーン。あの間! とりあえずマリみて第一話のスッタフにはあの間を参考にもう一度作り直しを命じたい。色遣いもいいね。マリみてもポスターの色遣いにはコンセプトを感じたけど、本編ももうちょっとこだわるべきだった。

 ところで公式ホームページを見ると、この第7話「初嵐」と次回「風花」の間に、キッズステーション(スカパー、ケーブルテレビのアニメ専門チャンネル)オンリーで放送の幻の第8話「露霜」があるそうです。キッズステーションの方が何週か放送が遅れるので、放送日は6月7日と13日(再放送)。当然ウチはケーブルテレビに入ってるので、今から録画予約しときます。

 地上波で放送出来ない理由は「1.テレ朝の番組編成の都合で一話見送らざるを得なかった」「2.地上波ではタブーの近親相姦的な描写(キス等)がある」「3.乳首」「4.それ以上」どれなんでしょう。原作未読なんでなんとも言えませんが、なんにしても過剰に期待しながら待つことにします。本命は2ですが、4だったら面白いなぁ。最近だとジオブリーダーズや花右京メイド隊等、地上波にも乳首くらいは散見できますし。

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2004.05.08

まっすぐにいこう。/第5話「吠えろ!源さん」/★★★

 前のシリーズは全4回をケーブルテレビで観たけど、今回は日本テレビで。

 いや、物語の骨子としては何ら目新しいことは無いんです。主人公(マメタロウ)の仲間(源さん)が「自分の努力でなんとか出来なくもないけどだいぶ辛い何らかの困難」(東京で飼われていた時のトラウマで、北海道に来た今も吠えることが出来ない)に見舞われていて、主人公の前で弱音を吐く。それに対して主人公は正義感で「じゃあ俺も頑張るからお前も頑張れ」(俺はフリスビードッグ大会で頑張って優勝するから、源さんも頑張って吠えられるように努力して)と言い、そのために努力し、挑戦するが、「惜しいところで敗退」(次を捕れば優勝、という状況で、優勝を逃す)する。主人公は仲間にそれを謝りに行くが、仲間は結果よりも過程を重視し主人公を褒める。主人公は悔しがるが、感じ入った仲間は最大限の努力、「見事困難を打破する」(マメタロウが東京に帰る直前にみんなの前で遠吠えをする)。

 そもそもが基本的には面白くなるはずの筋。でも骨子だけ抜き出せば、同じ筋で面白くてヒットしたものも、つまらなくて忘れられたものもいくらでもある。そこで何が違ったのか。単純な一般論で言えば「登場人物に感情移入させられるか否か」にかかってる。マメも源さんもいいやつで、まっすぐ。それを描いた作者含めて、悪意の感じられなさは、限りなくプラスに働いてる。ついでに北海道に来たマメが「源さんに会いたい」「源さんに会うのが一番の楽しみ」と繰り返し言っていることで、マメと源さんの友情も十分に印象付けている。

 でも今回一番のポイントは、「じゃあ俺頑張るよ」と言って源さんの前を去ったマメの元に現れた飼い主「郁ちゃん」の「なんだか急に一番とりたくなっちゃった」と言うシーン。飼い犬の気持ちを、言葉も通じない、しかも離れた場所にいた飼い主がしっかりと受け取っていた、というギミック。このシーンで一番の「正解」はまさにこれだろう。理想の結末に向けて、マメが態度で示して郁ちゃんがそれに気付いて、という作業があったっていい。でももっと理想的なのは言葉を使わず気持ちが伝わっていること。それが一番みんなが幸せになる。「正解」である以上お約束で予定調和なのは免れないが、そんなそしり以上の感動が確かに生まれている。こういう真正面から「いい」話、一回書いておかないとなぁ。

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2004.03.21

R・O・D-THE TV /★

 なんスか、この最終回? せっかくアニタの過去が明かされ、その上で読子との共闘もなったのに。ジュニアは裏切ったまま、お姉たちは助けられないまま、ジェントルメンも復活しないまま、諦めて試合終了。それだけに逆に残り5分まで大どんでん返しを期待してたのに、最後は久ちゃん唐突な記憶操作で「貴方誰?」で幕。もう「はぁ?」としか言えず、倉田め放り出すにも程がある!と本気で怒りながら、世間の反応を見ようと急遽2ちゃん行ったら、残り6話はDVDで見られますだと。アホか。一般視聴者はあれで終わりと思ってるっての。

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2004.03.06

鋼の錬金術師/★★★

 原作は未読でアニメから入ったから、最近までなんでこんなにウケてるのか分からなかったんだが、最近ようやく熱くなってきた。基本的に悪役の動機に感情移入できる物語は好み。但し、どうにも「答えの出ない問い」という手にした作劇の方法論をむやみやたらにバラまいてる感じは否めないが。
 それと関連して、この広がりすぎた物語をどう着地させるのかには興味があるが、それ以上にまだ完結してない月刊マンガを毎週アニメ化して、アニメシリーズとしてのオチをどうつけられるのか。お互いに不幸な結果にならないことを祈る。

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2004.02.26

マリア様がみてる/第8話「びっくりチョコレート・後編」/★★★★

 お姉さまへの感謝の気持ちを表すためにこっそり手作りチョコを渡そうとする祐巳。忙しいお姉さまのお邪魔にならないように、とするあまりの、その「こっそり」がきっかけのすれ違いは、ロサギガンティアの助言で驚くほど簡単に解けて。

 いや、びっくりするくらい良かったよ。最初の祥子さまのアップの憂いの表情も良かったし、ロサギガンティアにチョコが食べられてしまったと知った時の志摩子さんの照れた頬のピンク具合も理想的。正直マリみてに萌えを感じたことは今まで全くなかったけど、今回で志摩子さんにのされましたよ。積極的には何もしない志摩子さん、その「しないこと」に個性と魅力を演出出来るようになってしまえば、もう作者としては強い武器。悔しい。
 祐巳が祥子さまファンたちに追いかけられるシーンも映像にしたらちゃんと面白味が出てたし、それ以外のそれぞれのシーンも監督、演出、役者全員がちゃんと原作の意図を完璧に汲んでいて(これが今までのマリみてにはなかなかなかったんですよ)展開としても急ぎ過ぎと感じる部分も特になく。ただ祐巳が温室で「なぜここに?」と訊かれた時に「この花がロサキネンシスだから」と答えるところは、まず一回「祥子さまとの想い出の場所だから」という言葉を飲み込んだ、という演出、一瞬の躊躇いの間が必要だったはずで、そこだけは心残り。

 作画は普段より柔らかめのデザインになってたけど、それがすごく今回の雰囲気に合ってて、俺的にはいつもよりむしろ好み。冒頭のシーンは先週のラストシーンの続きだったけど、前回は泣けなかったのに今回開始一分で目が潤んでしまった。祥子さまの祐巳以上に切ない想いが、きちんと動く、しかも的確な表情できっちり描かれていたからでしょうね。
 ラスト、チョコをぶちまけるシーンと、恥ずかしい祐巳のデートの誘いについてはもう少し処理の仕方もあった気がする(祐巳はあんなに狙い澄まして「私とデート出来ます」なんて言うんじゃなくて、「景品は?」と聞かれて引っ込みつかなくなって咄嗟に言ったはず)けど、今回に関してはそれでも幸せそうな祐巳と優しさを取り戻した祥子さまを見たら「まあいいや」と思えてしまいました。基本的に原作原理主義の人間なんですけどね。文句なく今までで最高の回でした。しかし予告で植田(23)が伊藤(41)のこと「オバサン」呼ばわりしてましたが、脚本家が書いてるんでしょうかアレ。ちょっとやりすぎ。これまでは楽しんでたけど、今回はちょっと怖くて笑えませんでした。考え過ぎか?

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2004.02.21

R・O・D/第15話・第16話/★★

 二本立てですが。正直R・O・Dはマンガも小説も見てなくて、アニメも第9話くらいから見始めただけだから今一つ何が軸になって話が進んでるのか分からないんだけど、倉田英之が職人系のウェルメイドなオタク作家であることはよく分かった。サムライジもやりすぎなくらい狙ってるしね。
 そのウェルメイドさは、例えば三谷幸喜の古畑任三郎なら「ああ、ちゃんとツボを押さえてるなぁ」という受け取り方になる。「ここでこうきたら、当然そこではそうこなくちゃウソだよな」というウェルメイドさ。それはハリウッド映画的でもあり、笑点的でもあり、水戸黄門的でもある。
 ところがそれが倉田英之になると、何故か俺はこれを「狙いすぎてるなぁ」という感想になってしまう。一つ一つの仕草や行動が、あまりにも一つ一つ小憎らしすぎるのかもしれない。心憎い演出は欲しいけど、それがあまりにも全編通して目白押し過ぎるせいで、押し付けがましい、あるいは偉そう、あるいは悪意に近いものを感じてしまう。
 物書きとしての俺は、決して天才じゃない。大学院まで行ったくらいで、人並み以上に頭で物語を書く人間だと思う。なら俺の行き先は、倉田英之に近いはずだ。悪意を込めない創作、小手先だけで書かない本気のエンターテイメント。課題だ。

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2004.02.19

マリア様がみてる/第7話「びっくりチョコレート・前編」/★★★

 原作読んだ時点では特に印象には残らなかったエピソードだったんだけど、こうしてアニメになってみて今までで一番の出来だった。話が面白いかどうかとアニメの作品としての出来は全くの別物ということか。
 何が今までと違ったかといえば、間の取り方に集約されるんだろう。人間、適切に感動するためには相応の時間が必要だということ。あと平均的に作画は良かった。
 にしてもこれほど「端折り過ぎ」だのなんだの、原作との進行ペースの違い云々について騒がれるアニメも珍しい。心理描写を重んじる少女小説という原作ゆえか。

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2004.02.18

まっすぐにいこう。/★★★

コーラス連載。全四話。雑種犬「マメタロウ」とご主人の郁ちゃん、仲間の犬たちが繰り広げる日常を描いたハートフルコメディ。普段なら反吐が出るような首尾範囲外のアニメなんだけど、これが意外に面白かった。年取ったせいなのかなんなのか、こういう例えば「万引き少年がホントはいい子で犬のちょっとした活躍で本心を白状して、店員も実は悪そうに見えていいヤツでお咎めナシで許してしまう」っていう分かりやすい予定調和を「いい」と思うようになったってのが一つ。もう一つ単純に演出の見せ方が良くてギャグに悪意がなくしかも笑える、という理屈でなくスキルの問題としてのセンスの良さはある。最後の一つは、主人公が「犬」であるということを最大限に活かして、それっぽいコミュニティがあったり、雑種であることを彼女(犬)の花子ちゃんに告白出来なかったり、他にも犬だから手足が使えなくてケータイを口でくわえてたりなんていう細かいところまで、「犬」さを作品の個性としていること。これは例えばHUNTERxHUNTERのキャラが念能力者だったり、マリみてのリリアン女学園にスール制度があったりするような「ルールの面白さ」に近い。例えそれが「犬」なんてありふれたものであっても、それを突き詰めれば十分魅力的な個性にすることが出来る、というのは見習うべき点だ。


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